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語り合うことが希望になる。それがビジョン
震災2週間後あたりから、専門家の方たちが語り始めた「復興ビジョン」。

たまたま見ていた3/27夕方の報道番組でも、多くの専門家の方たちが
「元に戻す復旧だけでなく新しい、大きなビジョンを」と言っていました。
「一時的に建築制限をつけて、2年、3年、
 みんなでじっくり考える時間が必要」といった意見もありました。

しかし、3月25日から描いていた「集団避難」の絵には

「一時的に集団で移り住んでほしい」「近隣だけでは受け入れられない」
という行政側の声に対して、「地元を離れたくない
故郷を捨てるわけではない」という町民の人たちの声でした。

仮設住宅を用意されても、地元から離れていては
「お金をもらっても住みたくない」
と言っていた人がとても印象的でした。

しかしすべてを津波で流されて
帰るに帰れない」という町民の人たちの葛藤。

一時的な集団避難」を全否定しているわけではないけれど
その提案を二つ返事では受け入れられない。

そんな町民の人たちの気持ちを描いていたらこれを
「地元への愛着」とか「ふるさとへの思い」という言葉で
言い換えるのは、きれい過ぎると思いました。

絵はまさに土色をしていて、その土地に浮遊する
魂の叫びとも言える絵になっていて。

描けば描くほど実感するのは、わたしたちの中には
こんなにも根深く根強い土着性」が存在するのだということ。

そんな中、上の絵の被災地の映像を見ていた専門家の方たちから
希望」と「ビジョン」という2つの言葉が聴こえてきました。
(※NHK3/27の朝の番組)

「国の支援が必ず届くメッセージを届けてほしい」
「国がわれわれを助けてくれるという希望
ビジョン示して、希望を行政見せてほしい」
「国民も行政も希望をもてるようメッセージを伝えないと」

上の絵は、別の日に、都内にも避難所が用意されたニュースを
聞きながら描いていたのですが「住むところではない
ステージをあげないと」という専門家の言葉を聞いて

確かに横滑りでは意味が無い!と思い
ステージの上がったの先には、思わず
希望」という字を描いていました。

しかし、先ほどの町民の人たちの気持ちに戻ったら…
(↓)こんな怒りの声に描けてしまい

その怒りをぶつけられた仮設住宅くんは
(↓)こんな絵になってしまったのですが

この途方に暮れている絵を描きながら
なんだかわたしも、途方に暮れました…。

今はだれもが、被災した人も、支援したい人も、途方に暮れては、
「途方に暮れてもしょうがない」と立ち上がって体を動かす
を繰り返しているのでしょうね。

ただ、同じ番組内で専門家の方の
「絶対かえって来れるんだという期限付きビジョンがないと続かない」
という言葉で、にわかに絵筆が走りました。

ふるさとの情報が届くよう、まとまっていたほうがいい」とのこと。

確かに、必ず戻ってこれますよというメッセージが
地元から定期的に届く場であれば少し「希望」が見えてきそう。

三宅島復興に関わる女性が紹介した実例で
「じぶんたちの名産品を旗印に掲げて」復興のシンボルにしたという話から
上の絵の右上には、それぞれの町の旗(のろし?!)を掲げた
町民の人たちを描いてみました。

そして山古志村の復興に携わった方の話から描けたのが下の絵。

「町民同士で語り合うことが希望になるというのです。

そして、各省庁の人が山古志村に来てくれた、とのこと。

このときスタジオにいた防災大臣の方も「住民の意志がいちばん」
市町村の思いをぶつけてほしい」といったことをおっしゃっていました。

語り合うことが希望になる

まさに企業でいえばビジョン研修。
地域活性の現場では町おこしの対話。
絵筆を持って参加する会議でそれは常に実感します。

未来を語りあう」とは、実際は、穏やかな話し合いで
進むことはありません。紙の上にもそうそう簡単に
明るい未来を描き出すことはできません。でも、だからこそ

語り合うことは希望になる心からそう思います。

ほとんどの会議の主催者の最初の悩みは共通していて
「みんな言っていることがバラバラなんです」
「思っていることはバラバラなんです」ということ。

けれど、描き手としていつも確信していることは
必ずそこに居る人たちの中に共通して
あるもの(下の絵では)が描けるということです。

しかもそれは他の会社や会議では描かない絵。
これは本当にオモシロい現象なのですが。

ご本人たちは「たまたま寄せ集められたチームなんですよ」
なんて言うプロジェクトでも、やっぱり描けます。

それは、たいてい、じぶんたちでは気づいていないことが多い。

けれど、よそ者のわたしからすると、それはみんなが共通して
大切にしているもの、大切にしたいものとして描けます。

「会社のビジョンとじぶんのビジョンは違う」という人もいます。

けれど、その会社のビジョンを語り合っている人たちの話を
絵にしているわたしからすると、

そこに描き出された絵は、その人たちによってしか描けない絵。
つまり「語り合う人そのものがビジョン」なのだと思っています。

「たまたま入社しました」「たまたまプロジェクトに参加してます」
なんて人たちからでも描けてくるのですから、

土着性の高い、同じ土地に生まれ育った、
しかもその土地から離れたくない人たちの話を絵にしたら
共通して大切にしたいもの(この絵の中ではになっています)は
簡単に描けるのだろうと思います。

ビジョンとは何かといえばまさに
語り合うことは希望になる
この言葉そのものといえます。

わたしが描くのは、ビジョンをきれいな一枚絵としてではなく
話し合いの過程もすべて残る絵巻物状態のグラフィックですが

でも、みなさんの語り合ったあとの満足そうな表情を見るたびに、
まさにそれがビジョンなのだと思います。

話し合った人たちからよく聴こえてくる感想は
「日々目の前の仕事に追われていて、それをこなすことに精一杯だったけれど」
「じぶんたちが何のためにこの仕事をしているのか思い出した」
長期的な目線でじぶんたちの今の仕事を捉え直せてよかった」

目線を未来に向けることは、「今」をものすごく力づけてくれるのです。

そして実際「ビジョン」は未完成な絵巻物のようなものであって
まさに上の絵のように期限付きで何枚も何枚も描けてくるのが
とても理想的なのではないでしょうか。

まずは語り合うこと。ビジョンを描くのは本当に難しいことだけれど
復興のプロの力を借りて「町民同士で語り合うことが希望になる

…と、この原稿を書いていたら、
今朝(↓)こんなニュースを聴いて、思わずまた絵を描いてしまいました。

気仙沼の漁師さんたちが
6月にはカツオ漁に出る」という目標を掲げて
動き出したという話。

するとその目標にあわせて
いろんな人たちが動き出したという話でした。

漁師のみなさんが手分けして魚を入れるケース(なんと1箱6万円!)を探しに出かけ、
製氷会社の人や缶詰工場の人たちも動き出した。

旗を立てる」と「前に進む力になる」といった言葉を聴いて
思わず大漁旗にその目標を描いてしまいました。

これこそ期限付きのビジョンではないですか?!スゴイ!
自分で描く「未来のために3.11」 : comments (2) : trackback (x)
コメント
はげしく共感しました。
「いつまでに」「なにを」を「自分たちで」
語り合う。決める。
これはすごくすごく、希望に、力になると思います。
と同時に、
「なんのために」という目的を共有することが
とてもとても大切だと思いました。

先の見えない状況が一番しんどいと思うのですが、
与えられるだけの環境は、余計に先が見えず、
不安が湧き上がるのでしょうかね…

自分たちの力で復興を。

被災地の人たちがそう思えるようになる日まで
私たち東京、その他被災していない人間が
がんばって支えていかねば、と思います。
mizutag : URL : : 08/Apr.2011 [Fri] 17:22 : bLRcyTCw
mizuちゃん うんうん 「何のために」
今はそれがみんな同じものに向かってる!
「私たち東京」「被災していないわたしたち」
うんうん。これも大事なことばだー
ゆに : URL : : 08/Apr.2011 [Fri] 17:37 : NMGG.hUY
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